+++詩+++

→紙風船の記憶



薄紅に塩の滴る錦なりけり

四月初旬というのに未だ満開の桜を見ていない
もうずっと冷える日
翳る花も肉も塩に漬けて悠久を過ごす
鐘の鳴る遠く、山の桜だけが葉と咲き乱れ神々の宴
夜の帳に包まれて指先のふやけた頃合い




春は夢

真昼に白い桜を見た昨日
今朝方、雷雨が轟いて花は散ることでしょう。
嵐去る静謐さに死者をおもう
けれど誰もいない根元の穴
白く花弁を散らすだけ
供えても己に手向ける憐憫の繰り返し愚かさ故
先に散る
眠りまどろむ永い夢合間に茂る千枚の葉




やさしい視線

あーあ、またヨシコちゃん死んぢゃった。脆弱に病弱
雨に打たれて両足は無くなる。片腕は心痛に失った
それでも蘇生して立ち上がり春色笑っている
何事も無かったかのよう。忘れてしまったのかしら
その機械の足向こう普通の子猫が軽い足取りで駆けるのを
とても美味しそうだわと見つめる、やさしい視線




靄の部屋

白菊を摘みとり、迎えた乾いた季節は終わりを告げる
雨が降る
ガラスの茶器に湯をそそぐ
乾いた白菊もう一度花ひらけ。
透明な器を叩く小さな蟹がいて
向こう側の見える壁沿いをくるくると歩いている
褐色の像は歪み軽やかな足取り
雨が降ると、頭痛だけがして
見る蟹の住む水底に変化はない
手をのばすと逃げてしまう永劫




ヒカリ

ヒカリの真下にいるから、
陰翳は濃く落とされる。より顔色が悪い
何かは食べている。咀嚼する口わずかに動かして
蝶は蛾のように醜くうつくしい
風景のなかの風景を刈る




黒いカナリヤ

心臓は右側にあるから、右胸のほうが大きい
肺から空気の抜ける音する
螺旋階段の頂上に落っこちた
利き目をぱっちり見開いて
釣り合いの取れない空中ブランコ弧を描く
畸形の卵から孵ったら羽根は一枚
怖くないけれど卵は産めない金の籠




三月弥生

桃の花を、見たことがなかったから
写真を見たよ。中心に紅い春がほころぶ
ひとつ、ふたつ、よっつ、いつつ
やがて実る。片目しか焦点は結ばない
殻の植木の鉢に何かの幼虫眠る蚯蚓と合わさって
牙をもつ大蛇となった。戯れ
縁側と空の間をはばめない枝と垣根だけが朽ちてもなお




いばらの祝福

チョコレェトが大好きな僕たちは
互いの口にチョコを運ぶ
ミルクもビターもホワイトも
トリュフもガナッシュもケーキのかけら
もうお腹いっぱいで食べられないよ
笑顔の口に詰め込んで
アーモンドがこぼれたら
指のつかんだ手のひらの体温とかしたチョコを塗って
マーブルを描く。くすぐったい
身を、よじる、から、白いお洋服は着られない
祝福してね
洋酒薫る視線と睡魔
床に落ちた銀器は鈍く光る
飢えた唇で啄ばんで
マシマロの白い服ほどけた




ずっと傘

忘れられた博物館で
合成音ばかりの動かないフラミンゴ
たくさんいるけれど
どれもこんな色ぢゃない
見たことはないけれど
巻き戻しすぎて途切れる音の叫び
暑くないよ
しなやかで優雅だった
白鳥の首はこんがり焼けすぎてぽきり折れた
感情の無い目は
煤まみれ
光を映さない
太陽は何処へ行った




乱反射する境界で

白く降る、黒の水たまりに人が住む
地面はアスファルトかコンクリートで
冷ややかな立ち居振る舞い
絶望色のアスファルトは時々融けるほど柔らかいけれど
コンクリートの水たまりは足首の骨を折るほどに硬い拒絶
森の息吹は何処にも無くて
黒く降る、空模様の水たまりだけ
尾と羽根を持つ生きものたちが棲んでいる
見上げても、そこはずっと地平線




その眼球の入っている窪み

蝋が燃え尽きた頃、
波の引くように
羅紗の微かな衣摺れと夜が明ける
畏怖でしかなかった薄明りに照らされる横顔が
ひとりの老婆へと変わる
白い陽射しは衣服の汚れと歪んだ骨の背中を露わにして
深く刻まれた皺は疲弊以外の何物でもなかった
膝掛けと揺り椅子に腰掛けて
眠るように死ぬ
夜が来るまで。
屍で在り続ける躰に休息など無い




天河下車

外套はまだ早かったかしら
人に塗れたぬくもりに吐き気を覚える初冬の頃
指先が白くなるほどに襟元を掻き合わせる
嘔吐を堪えるために。
途切れ途切れの意識が戻ってくる
外気に血液は浄化される
肺が痛むけれど廻る神経は鋭敏に手を伸ばさせる
仰ぎ見た明るい三点を囲む星星
中心で足を止める
膝が抜けた
ゆっくりと倒れる
足音は無数に増えてゆき




他人の足音

そらに散り、地にちり
手もあしもこれ以上大きくはならないから
はやく走ることもかなわない
とまる夕焼けが水色だとしった
ちいさな靴のおもい出と廃屋は深くうずもれた
ガラス片とあの場所での秘密は覆われて
囁き声と忠告
無理にあばけば小屋はくずれてしまう
枯れ葉下、はるは芽吹く用意をして
いるのかしら
今はただ凍えゆくこれからの季節を
身支度もせず感じている




打つ音

砂漠に降る雪は砂に。
しろいつぶ
死者の骨を砕いた
識別なくす葬るため
ひろがる乾いた
乾いたなみだが
かなしむなみだが
あるのなら雨に変われど
染み入る砂は
砂のまま
土になれず
芽は出す前に
つまれる骨の、骨の指
冬の雨が続くから




腐蝕しない/腐蝕した季節の底

鉄柵にゆだねた体の重み
傾いだ気のする空はステンレスボォルの底
覗き込む顔が歪んで見えた束の間、
どこからか集められた雫はもうすぐ結晶となる
ほらね。
あれは誰かの叶わなかった美しいなれの果て
溢れて、しろく吐く息も薄れて
体温は空気に近づいた
ずっと同じ姿勢でいたから、軋む肋骨
発した声は喉を震わせて何かの音、言葉にはならず
何を言おうとしたのか
こんなところにもある百葉箱
剥き出しの屋上に寒そうで外套を木箱に掛けてやった
どうせ誰もここの温度など測りやしない
そうボォルの底に映る顔が誰だったのか
確かめたかった
降り出した塵は乱反射して
窓ガラスをこするちいさな手の無数の影
さようなら、さようならと
天へと続く梯子は翳ってしまった




エアーメール

遠い異国から渡ってくる鳥たちの話だった。
どうやら人間という生き物がガラスに絵を描くらしい
それは器用に、裏側に裏向きの図柄
色を塗って乾かすこと数刻
返せばおもては平らで、光に透けるような空色に
突っ込んだ莫迦なやつもいたものだと
晴れた日。
翳った日は濃い影を描かれた聖母に落とし
白い顔はより青白く、一変して沈鬱そうな表情が
すべての生きものに深い慈愛を表すのだと
饒舌に語った彼の鳥はいま元気にしているのだろうか。
灰色の翼をひろげてうすく棚引く空へ
大きな翼は大きな影となって消えた羽音
小さな私は少し怖かった
けれどいまは少しだけ、私も大きくなったわ




やわらかに落ちる昼下がり

青天井に囲われ世界は
四角い箱庭。
路地裏のあばら屋と生るちいさな柘榴は弾けるのを待たず
悪意にちぎり、投げつけ潰れた
ぐしゃりと丸めた赤子の手のほど
汁が塗る果肉の影を
群がる虫も鳥も同じ眸
いろの無い子ども等と
軽い足音駈けぬけて
蠢くものは誰もいない
やわらかに落ちる昼下がり




眠り姫を巡る季節

風が吹く。終末だから
街路樹は緑半分、枯れ葉半分
鬩ぎ合う死と
天の采配
乾いた音降りつもり覆う地
アスファルトはまもなく見えなくなる
埋ずもれた足、人の痕跡
爪痕の塔も罅割れて石つぶて、やがて砂になる。
あの塔は。
屍を苗床に根を張った
阻むもの無き空へ枝をのばし大きな樹
廻る季節
たくさんの葉を落とす
その下で眠りなさい
微生物の分解する終末の夢とまるまって
忘れなさい。
風がコンクリートを攫うから
あの塔も消し去った




郷愁のいたみ

目が覚めると私はいなかった
手が無かった 脚も透けて
とけた輪郭
粒子の色を思い出せない
注ぐ光が鮮明で
風に音を聞いた
外だった
短な髪をなびかせ、子どもらが駈け抜けてゆく
ざらりと感じた皮膚は無いのに
かつての突き刺さる空気の痛み
とは別の
影の無い、影のような
貼りついたままの大地で
遠い空は夜になると、少し近づく
ここは広いのか狭いのか
伏せる瞼は もう、無い




季節の行方

ふうせんかずら、ふうせんかずら
黄緑の実、秋雨に苛まれ色褪せてくたびれた
しぼんでしまうのかしら
淡い思いと濡れた指間
風船は乾いた音でかぜに鳴る
中にどんな種を育てているの?
黄緑は褐色に
日に焼けたあとは染み
鼓膜にうすく刻まれた、すずのね
風鈴は仕舞われて来る年には行方知れず
ふうせんかずら、ふうせんかずら
摘みとる実に力込め、指先ではじいた
空気抜ける音だけと屑折れて
そらと雲の罅割れに何を見た?
よそ見した隙に白斑の種はみっつ
巻き蔓の示した先に隠れてしまった




啜り泣く柩の穴

黄緑に枯れた紫陽花は夜闇に白骨となる
きっと誰かに忘れられた想いなのね
こんなにもたくさん、涼風が撫ぜる
乾いた音は秋虫との協奏曲
調べは遠く、仔を叱り飛ばす母の声に重なる
浮かべた泪は誰のものか
夜露を枕に染み落とす
やがて昇る日に跡形もなく化した土くれに
面影を掻き消すのか、知らずの頃に育つのか
埋まる種、しゃれこうべは語らない




彼女たちの小宇宙

青い小鳥は籠のなか
つがいで見世物となることを選びます
足首をつなぐ鉛の重みも私たちには銀の鎖
知られざる言葉で交わす誓いとやさしく啄ばみ
寄り添って覗きこむ
ひとみに貴女しか映らない
貴女のひとみを支配する
春も夏も秋も冬も、
檻の外を廻る喧騒
細くとも針金は確かに遮って
静けさのさざ波うかぶ天秤に
持ち主を代え私たちは籠のなか
依然、知られざる言葉で二重の双眸うたう空色




昼の水辺。

うろこがあんなに煌くものだなんて知らなかったわ
知らないにび色は混濁のあおみどり、
剥がれた丹色を混ぜて
きっと深淵の秘密の魚
うろこだけを残して消えた
無知の指先で泡沫に触れたら、はじけてしまった。
ざわめきは水面を棘の形に伝え凍りつく
ひとさし指をちくりと刺して
うろこは誰にも触れられやしない
秘密は秘密のままで静寂
音は踏むガラス片
サンダルの裏で粉々の夢と割れる




真昼の晴れ

零時に目覚める
雨音に−
サンダルを引っ掛け外へ
黒髪が白いスリップドレスが肌に滴り落ちる雫
指先から十数え、やめる
黒い夜に黒い雨に黒のダンスを
でたらめなステップを踏む
久方の雨の祝福、雨の粛清
私は舞う白い布が曲線に張りつくままに
髪先から指先から足先から
流しましょう汚しましょう
雫は土に跳ねて
私は跳ねてサンダルは脱げた
足を止める
遠ざかる音
空を見上げた
額に頬に張りついた髪
昼の顔は無かった
うふふふふっ
朝には髪が伸びている
サンダルは見つけてあげない




真昼の八月

指先をコップ一杯の闇にひたし白地へとぬりこむ
白インクは存在しないから
穢れと、
消えないうたを刻みこむ心の臓
血のはしる音すれど、夜の帳に薄れてしまう、嗚呼、
濃紺はひたひたと足音が迫ります
ひかりの季節だというのに夜はいつも深く
鏤めた底には届かない
そこに墜ちたいというのに
発光塗料の悪戯だけが目印なのか
誰かの足跡を辿る間にも消えてゆく階段と回廊をさらに奥へ
彷徨う中空を頼りなく淵をあるく
帰り道など
まっさらな朝など信じない
鐘の音はちょうど十三回目を鎮めようとしている




裏の庭の裏で

真夜中に視る真昼
金魚の女は静止した刻を虐げられた
鉢とばらまかれた水粒
跳ねていた。
逃げそびれたのか
逆さ吊りにたゆたって中空を陽炎と昇ってゆく
上向きの脚はためかせ
尾びれは。贋物の水草は枯れぬから置き去り
否、地面を這い、横へ横へと手を伸ばしてゆく
やがて辿る壁を伝い、絡みつく女の金魚は
窒息しながら哂っていた
小指からのびる赤い糸をきつく締めつけ
指と、緋色をこぼしながら
空気しみる肌の色白く
不条理に開かれた
眼球の黒に映る星ひとつふたつ
いつか出会うはずだった人への想い
ひとつ、漆黒に覆われて
薄れゆく木陰やわらかく黒衣を纏う私は
あの角を曲がれば
残照
幽かな火薬のにおい含んで




早過ぎる蝉の骸

夕顔が闇に隠れる頃咲くヨルノカオ
鮮やかなのは灯のあたるところだけ
翳りはそこかしこに侵食する足音から
靴底から
散ってゆく花びらは止め処なく
灯籠はいたずらに折られ流された
風とまる
永遠に振り向かない人の横顔は見てはいけなかった
踏まれた花が泣いていた
嗚咽に混じる良く知った声をふさぎ耳をふさぎ
伏せた目を上げるとしおれた花
残骸を朝顔の蔓のびて覆い隠す




遠く、白い砂の地を踏む

背後から小雨のような迫りくる砂の音が辺り中降りつもり覆われて閉ざされる
耳をふさいだ
否、ここは中空だから重みに崩れてしまう底は
終わりのはじまりすらはじまりの終わりに過ぎず
砂時計のちょうど真ん中のあのくびれ
通る砂つぶをかぞえながら投げられる石つぶて
この場所で声をふさぐ
カミサマ、か誰でも良いの
砂時計を逆さまに振って窒息して顔を歪める
針時計を持つのなら早送りに折って突き刺さり流血だわ
きっと間違っている鳥が鳴く前に見る美しい夢を汚れだらけの現で死ぬまでみたいの
軋む柱と乾涸びた手を取りあって踊りましょう
昼も夜もない偽りの星を吊る
剥がれ落ちる空に臥せってしまういつか二人分の白い砂になる日まで




絡めとる蔦の記憶

夕闇うかぶ木洩れ日葉影は顔にまだら落とす星
まあるく果てがないのに沈む太陽
影は重く止め処なく
果てを探すと旅たつ人は近き場所にて遠い心。
青混じるおはじき波の模様を拾う海岸
白の巻き貝風のなる音かほる緑まして強く
つむる瞼の裏の血の色やわらかに夜にまぎれる




幾度目かの雨の季節

水分が足りないの
カラカラに渇いてしまった
お気に入りのコップがひび割れたから
満たしても満たしても
漏れ出してしまう
隙間から見る甘い蜜は特別だからほんの少し、ね
あの月の様に
くちづける前に消えてしまう
喉は空気を吐くばかり
乾上がるのを待っている
血の味を
外ではコンクリートの裂け目を
降り出した雨抉じ開けて
罅を拡げてゆく
中心めがけて
届けば、きっと。




線と罪と戯れる・明日

切り取られた空間に足りないのは一脚の椅子
その他は何もかも満ち足りていたのに、
あの椅子さえあれば、完璧な絵。になるはずだった。
否、なっていたのだ。
指先でなぞる線と線と線は
実際、眺めているだけで良かった
脚のくびれに、背もたれの曲線、
張りのある単調な布地の模様を数えていた。
繰り返し、途切れては、思い出す
質感を、触れて、時折確かめた
施された彫刻をなでながら、
乾いた顔を、うずめた
かすかな湿り気。やわらかく畏れた、その日。
それは不注意だったのか
進む老朽化は蝕まれる
霧のような雨に、濡れる
折れた脚だけは依然白く、骨の色になる
それでも椅子は立っている
三点の支点、それと余剰に軋みながら
海風が近いのか、月日は侵蝕する。
苔むした壁はいつしか屑折れた
決壊した境界線。
開かれた空間をやはり佇む椅子は、
崩壊と再生の狭間
一脚の虫けらは這い
澱んだ川底で砂金を浚うように網目を落ちてはゆかない
空さえも剥がれゆくというのに
整然と砂になる世界を漂う骨の椅子は
今やそれだけが全てで、沈めてでもしまえば
砂場の秘密が、またひとつ、増えるだけ
貝殻と、それから死骸。
雪よりもゆるやかに塵はつもり、
記憶の骨だけが磨かれて
一層の白を奏でながら、きっと椅子は女の骨。
重みに、力なくうなだれて跪き
謝罪する私であった、残された壁画も風化する




眠り続ける、血痕は 消えない。/消せない。

ほの暗い水の中空、私は沈んでいるのか浮かんでいるのか
水泡たちが薄明るい上部へと昇ってゆく。
もしくは下部へと、重力を感じない場所を
それぞれの速さで形を変えながら
流れは美麗に溺れながら。醜悪なワルツを踏んでいるの
二対の脚など揃っていたのかしらね
それとも千切れた千切った羽根だったのかしら。
ここは、空だったのかもしれない
雲の切れ間も、混沌も虚無も海も同じ。
私もその一部なのか、暗がりで見えない。
指という入れ物さえ持ったのか
すぐ視野をまたひとつ、赤い水泡が過ぎてゆく。
赤だけを認識する。体感する。濁った血の色は油の粘着性。
単調に纏わりつき、剥がれては、肉片ごと何か、
を持ってゆかれる。気がする
不快という感情に愉悦。赤い水に祝福を。
哂いがこぼれる。哂いらしきもの。震えている
全身で。全身という身体を覚えている。覚えていた。
毛細血管の先端は記憶の断片なのか
繋がりは弾けてまた一片、忘れてゆく。何かを昂り
知っていたはずなのか。これから知るべきことなのか
ふと思い出す。思いつく。その存在の罪悪について。
呼吸すらが世界を穢すから、何の言葉なんて。
許しを請うべきなのか。許しを与えるべきなのか。
何処からか、遠く生まれ続ける水泡たちを眺めやって
瞼など在ったのか、透過して見開く。瞠目。
赤い水泡の中身を抉じ開けたのが誰かは誰でもなく、定め。
見詰め合った刹那、胎児は三つ目の眼を開けて屑折れた
粉々に浮遊して、内臓に指先を触れたから遠ざけられたのは私。
偶然遠ざかったのは私。同じ臭いに気がついてはいけない。
指の数を数えてはいけない。
相変わらずほの暗い中空を私は一寸も変わらず
くるくるとまわっていることなど本当は気づいている
見送り続ける行為。もうずっと髪の先まで浸かっている
けれど分からない。実感が伴わない
無であるということ。であるということ。
己が形に触れられないから、確かめられないから
いつだって眺めるばかりの果ての残像
募る揺らぎはいつだって叶えられない憎しみを映すのか




窓辺の君よ

紫陽花がきみどりの蕾をつけたから
春は憂鬱。
落とさない涙の泣き顔で立ち去る
足音は雨音
重なり、
薄暗い部屋で振り子時計の音がとけた
銀のスプーンですくいあげても
湿度にくすむばかりで
聞こえない
誰に閉ざしたのか
うずくまる風景に顔を隠す
小指が曲がるばかりで嗚咽は聞こえない




白い花と緑の指先

白い躑躅にくちづけて
蜜をうたうの
新緑の葉はやわらかく
むしりやすいから
落ちつきのない指先をなだめてくれる
鳥たちの悲鳴。
花はしおれて捨てられる
おしべたちの残骸を生きものが踏みつける
足跡は軽く、翅をはやし
うすっぺら春のそら
なにもない
なんでもない
鳥に見つかりついばまれる
白い躑躅は咲いたばかり




三月に降る雪。

春になると悲しいのね
生きものたちは目覚め死者を忘れる
かたく閉じた戸を開け放ち
畏れたりしない
暗がりは瞼の血の色
躍動する生は確実に死へと歩み寄る
足音すら楽しげに
揺れる花は虫を誘う
雪解けた水から生まれた
記憶の苦み、
留めていた泪は堰を切って溶け出してしまった
蜜の毒に酔う
甘く醜く協奏曲は澄んだ音色を聞かせない
星が遠ざかる




珊瑚の森

花は朽ち、腐敗は甘く
満ちたグラス砕かれ散った
珊瑚は砂に、
踏まれた祈り雨と焦げて
轟く雷鳴溺れた蛙
白い腹ついばむ鳥たち
銃声と鳴く。
明日も不条理に晴れるから
輪の懸からない月は死ぬ
細く喀血して咲く朱い花
太陽にひからびる
綺麗は汚い 汚いは綺麗
整えられた誰かの墓標
置き去りのオルゴォル
奏でる葬送曲は壊れて
誰も呼ばない礁が鳴る
全て円になる日まで
昇る、下り螺旋階段




薄暗く照らす呪縛

熔けた蝋が低く焦がす躰の想いは
この炎消えたら亡くなるの
だから貴方は、六弦奏でる指先に火傷負い
芯紐を爪先で結ぶのよ
爪弾いては唄う
嗄れた血を吐く頃、
紅蓮の連鎖絶えぬよう祈ったのは
燻り出した、金の燭台か銀の燭台か
月も知らない地下室で
黒炭たちは今宵も踊る靴だけが鮮やか




あおい鳩と桜の頃

春の訪れる夜明けの風に灯火は落ちてしまった
芽吹くやわらかな土に抱き取られ無傷と横たわる躯は
やがて開き切る花こぼれ積もる
鳩は頬紅色を増しあおく染まり
夕暮の朱一滴、血を溶かし混ぜた世界
昇りかけた月が銀の雫を与えたから
脈動。夜空に息を吹き返し
暗がりに光る花びらと羽ばたく戯れ




やがて垂れ落ちる花

すりへるほどに磨いた鏡面
白樺の指先があおく削れるころ
写しとる微かな窪みに
偽らぬひとならぬひと
歪めた口元を発するのは聞きとれぬ聲
不意にまばたくと
見慣れた顔が曇るばかり
けれど目蓋の裏はほのかに馨る




新生の日

灰色のそら晴れ間を待ってる
けれど切れ目から覗くのは虚空で
片目のカミサマが凝視する
もうながい間、
呼吸するものは時を停めてしまった
そらは晴れわたって
白装束たちの撒く冷たな結晶が浄化した世界で
凍りついた木偶は土に返った
カミサマはもう瞑る




夕闇の瞼

掻き抱いた腕は砕けてしまった
切っ先が食い込む心音の止まる手前
揺れていた銀の十字架を
祈る指はもうなくて
突き刺さる金属を伝う朱だけが綺麗
罪びとだから、
地を這う顔をあげてはなりません
足元をつくる血溜まりに映る空の色を見あげた
大きな雫の落ちる音。




雪が溶ける夜に。

叶わない願いはいつか溶けてしまうのかしら
いいえ、四月にも降る雪のように
こころの底忘れた頃振りかざす
冷えたナイフの切っ先は
冴えた月を細く削った
欠片たちの細胞は死んで
積もってうずもれた足体温にぬかるんで
みにくい泥は声をあげる
それは産声だというのに挫折と諦めとが入り混じり
固く残した結晶を、流したなみだは苦かった




雪の降る朝

きっと朝、 雪が降るから
整然と覆われる死者たちの
突き付けるナイフの切っ先の震えを
やさしく抱きとめる夢をみた
鮮血は白く、凍った太陽は砕ける
叶わない願いに目をつむり
お眠りなさい。沈黙の寒空に
鳥たちは鳴かない
訪れない春まで
けがれなく氷りづいた
うすい身で、あふれたなみだを堰き止めた




にんぎょ入り飲料

所狭し冷蔵庫に並べられたビンは青くて
暗がりに波打つは快適な水道水はねる音
扉開けると灯り瞬くビンよりも青い眸
横目で見た抉じ開ける指目を回す水の流れ
誰かの喉潤して浮遊する髪縺れたから
吊り上げる目沁みる塩素ぼやけた青溶ける涙
羨んだ水透明で蒼白にんぎょ苛んで奪う青
染まる水色変わらず見せる肌も髪も骨の白
誰かの喉潤して浮遊する髪縺れ抜けた
甘く歪む眉貪欲に削がれた肉溶け出して
水かきも乾涸びてもがく腕細く折れる
見開いた目充血してさらに青溶ける涙
仰向けに浮かぶにんぎょ水の上生きられず
誰かの喉甘く痺れた舌青く飲み干す頃
白い骨砂糖細工崩おれて貼り付いた鱗だけ




夏の残照

鏡のソラは深く去りゆく季節をまだ留めている
けれどこちらを吹く風は枯れて乾く葉冷やして鳴らす
その音に同胞たちは一斉に飛び立った
弔い舞い旋回して行ってしまうさようなら
違えた道くじけるこころに情熱を
かなしい歌はいらないから閉ざした口
加速して空を打つ日差し散る羽根の午後
気づいている偽りに暮れてしまう前の閃き
捕らえて夏のソラ飛び込めば折れても白い翼のまま。。
脳漿で汚れた翼折れて見る夏の記憶はこぼれた




白夏日

アスファルトにとまる蝶々熱で足が溶けたのね

繋がれた足捨てられずたわむ風なぶられて

痛む翅の間にも煙たなびき足は溶けゆく

捨てられぬ想いやがて身をも焦がした。

影だけを残して、陽は未だ傾かない




悪徳の町の子

毒りんご売ってください
お金なんて持ってないけど
食べたいの
皮も実も赤染める指
血まで甘く赤くする
赤い芯ごと食べたいの
毒りんご売ってください
後でちゃんと支払うから
ね、種まで食せば
腹の中なるりんごの木
どれも赤く熟れる毒




しろの呪縛。しろの

前歯の無い男が見せびらかす空洞
金具で見開いた口など見たくもなく
直さない虫歯の嘲笑などうんざりで
黄色い冷やかしに耳貸さずそっぽ向く
と、どうやら気分を害した様で
無理やり金具を捩じ込まれる。左上
八重歯に被さって外れない。吐き気
喰い込んだ銀の爪。獲物はもがいた
端々から敗北。嘲笑は渦巻いて
剥がれ落ちたしろい欠片は。欠片は
突き刺さる力を持たない。雨は弱く
降り止まない。金具が外れない
欠けた歯は不安定で。揺れて
揺れて。歯のしろい欠片。吐いて
塊。次々に生まれて。死んでも
死んでも。         気持ち悪い




逆さまの階段

地へ続く逆さまの階段雨の日に降りてゆく
髪の毛と無言に紛れ込んで
時々立ち止まるのは
足元の空覗き込んで
気づかれていないかどうか
音を立てたら、遠のく雨足

今は高い場所にいるから

行き止まりの空あおすぎて、ここより先に進めない
居眠りの間に辿り着く終着点の黒のしみ音も無く拡がって
近づくのは雨引き連れて逆さまの階段降りてゆく

今は高い場所にいるから

地へ続く逆さまの階段雨の日に降りてゆく
天示す足逆らって流れ落ちる髪の毛と
惹かれたのは雨粒たちの昇ってゆくあの先に




したたかな糸

小さな胸に手を当てて
開かれた手のひら
服に爪食いこませ
襟元の地肌あかく
指先が震えている
閉じた瞼で見る向こう側
少女は言う

「この躰には張り詰めた糸がとおっている」

糸巻きは転がりたくて
巻き取る糸のほつれた繊維
引き裂く力耐えれない
日夜糸は切れている
けれど切れ目、
伸ばす手が繋ぎ合わせ
今日もまた張り詰める
何事もなく少女は言う
何事もなく少女は言う




人形の見る夢

伏せられた瞳で見るのは永劫に覚めない夢
おだやかな微笑、向けられるのはマスターひとり
彼の人に愛される夢だけを見て
太陽知らぬ瞳はやわらかく拒絶
その姿愛でられてもささやく愛聞こえない
呼び声も届かない捨てられても気づかない
忘れられても忘れない、永劫に覚めない夢
晴れやかな微笑、曇りひとつないガラス玉
向けられるのはたったひとり、
彼の人を愛す夢。




誰もいない楽園、君のいない楽園

人のいない楽園はゆるやかに腐敗して

熟れた林檎は紅く紅く朽ちる

広まる腐敗はあたたかく薫り

群がる虫けらは翼あるものに食われ

繁殖した鳥たちに覆われた空

翳に木々は枯れて蔓延する死臭


誰もいない楽園、君のいない楽園




カミサマのいない日曜日の午後

カミサマのいない日曜日の午後
陽だまりにねぼうしてうまれた子どもは
祈ることを知らない
皆帰ってしまった
誰もいない礼拝堂
泣き声が響いても届かない
カミサマに、届かない
扉は固く閉ざされて
カミサマのいない日曜日の午後
陽だまりにねむる置き去りの子どもは
夢から覚めない
腫れてしまった
泣き疲れまぶた裏
夢見るのはあたたかな腕
けれど冷たな風が鳴いて
陽だまりが血色に染まって
夜になると攫われる
扉は 開いた。